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「ウィズダム～夢のかけら」(1988)という、弱者のために銀行強盗
を行い、大衆から英雄扱いされる男女を描いた、エミリオ・
エステベス監督・脚本・主演の映画を見に行った時、
同時上映されていたのが、この作品です。
１９９０年代前半までは、地方は２本立て興行が普通だったので、
目的の作品を見に行って、併映作品と両方面白かった時は、
とても得したな気分になりました。
「影なき男」も、そんな作品の１本です。
現在のような１本立て興業ならば、見逃していたかも知れません。
なお、戦前のウイリアム・パウエル、マーナ・ロイ主演の
「影なき男」(1934)シリーズとは、全くの別作品です。
初老のFBI捜査官に扮するシドニー・ポアチエは、1950年代後半～
1960年代にかけて大活躍し、「野のユリ」(1963)で、
黒人初のアカデミー賞に輝いた名優です。
その時代のアメリカは、まだ白人中心の社会であり、
シドニー・ポアチエ演じる、頭が良くて紳士的な黒人のヒーロー像
は、黒人の地位向上に少なからず貢献しました。
特に、「夜の大捜査線」(1967～)シリーズの一作目の敏腕刑事役や、
「招かれざる客」(1967)の、白人女性と結婚する黒人医師役での、
沈着冷静に判断し行動する主人公が、代表的です。
しかし、1970～80年代においては、黒人の地位が向上し、
黒人独特の文化も花開いていきました。
真面目なヒーロー像だけではなく、バラエティに富んだ黒人スター
が求められる時代になりました。それに呼応するかのように、
「黒いジャガー」(1971)シリーズのリチャード・ラウンドトゥリー
を皮切りに、リチャード・プライヤー、エディ・マーフィー、
デンゼル・ワシントン等、次々と黒人の人気スターが生まれました。
1970年代以降、シドニー・ポアチエが演じる役は、キレイごと過ぎる
と批判され、次第に活躍の機会を失って行きました。
そして、1978年からの１０年間は、監督業に専念していました。
シドニー・ポアチエが、１０年間ぶりに俳優として、
スクリーンに復帰したのが「影なき男」です。
この作品では、彼の当たり役「夜の大捜査線」シリーズの、
犯人捜査というプロットをベースにしています。
しかし見所は、出世作「手錠のままの脱獄」(1958)で見せた、
白人と黒人という人種偏見によって反発しあいながら、
修羅場を切り抜ける事によって次第に友情を築いて行く展開を、
応用している部分です。
この映画が製作された1988年には、既に人種偏見は過去の遺物と
なっています。また、シドニー・ポアチエは、
既に６１歳という初老に達しています。
そこで、人種偏見に替わる要素として、犯人追跡の舞台を、
厳しい大自然に襲われる山岳にしたところが秀悦です。
彼が演じるFBI捜査官は、犯罪捜査にかけてはベテランでも、
寄る年波には勝てず、山岳における犯人追跡では、
足手まといになってしまいます。年を重ねる事により、
頭が良くて紳士的な黒人のヒーロー像を壊す事に成功しました。
犯人捜査に執念を燃やしながらも、大自然の前では為す術が無い、
人間臭い男を演じる事が出来るからこそ、
１０年間ぶりに俳優としてスクリーンに復帰したのでしょう。
彼を助ける山岳ガイドには、トム・ベレンジャーが扮しています。
恋人を人質に取られた山岳ガイドは、山岳へ逃げた犯人を単独で
追跡しようとしますが、シドニー・ポアチエに、
「君には捜査権が無い。」と言われ、渋々行動を共にします。
一刻でも早く恋人を救出したいトム・ベレンジャーにとって、
山岳に慣れていないシドニー・ポアチエは、
足手まといになるばかりです。
谷渡りでは、架けた吊りカゴのロープの結び方が悪く、危うく
トム・ベレンジャーが谷底に落ちそうになります。
ロッククライミングでは、自力で登れず、トム・ベレンジャーに
置いてきぼりを喰らいそうになります。
しかし、犯人追跡の執念だけが先走るシドニー・ポアチエを見るに
見兼ねて、彼のロープを引っ張り上げ、登るのを助けます。
雪山で凍えそうになると、雪を掻いて穴を掘り、
冷え切ったシドニー・ポアチエの身体を、
自らの身体で温めるトム・ベレンジャーです。
こうして、二人の間に次第に友情が芽生えて行きます。
山岳を超えて、都会に戻ってからは、シドニー・ポアチエが
FBI捜査官としての経験を生かし、犯人捜査が急展開で進みます。
その手腕には、トム・ベレンジャーも関心します。
ウマの合わない二人が、始めは喧嘩し合いながらも、
お互い助け合う事が大事である事に気が付くという設定は、
色々な作品で見られる常套手段です。
それが、この作品を引っ張っていく原動力になっているのは、
シドニー・ポアチエの、過去の作品をベースとしながらも、
人間臭さを漂わせた新境地を開拓しているからです。
また、都会の追跡アクションに留まらず、森林アクション、
断崖サスペンス、谷渡りのスリル、雪山の苦労、
ロッククライミングと、大自然を舞台にした冒険場面を山盛りに
並べている事が、助け合う二人という型通りの展開でも、
他の同種作品とは一線を引いた、新鮮な空気感を与えています。
ユーモアを含めた二人の会話と、大自然の雄大さで見せる作品
なので、日本語吹き替え付きのＤＶＤ発売が、待たれます。
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